若葉ステークス組はダービーで望み薄

本命馬をおさえる日本ダービー予想

若葉ステークスは、1985年に皐月賞の前哨戦として開設され、当初は中山競馬場芝2200mで若葉賞として実施されていました。
名称が現在の若葉ステークスとなったのは1989年のことで、1991年に距離が2000mに変更されると同時に皐月賞の指定オープン競争となり、2着までに入線した馬には皐月賞の優先出走権が与えられるようになりました。
2000年以降は、阪神競馬場芝2000mへと舞台を移しています。
中山競馬場で実施されていた1999年までは、皐月賞はもちろん日本ダービーとの関わりも強く、優勝馬の中では1985年シリウスシンボリがダービー馬となり、1991年のトウカイテイオーは皐月賞・ダービーと二冠達成、1993年の優勝馬ビワハヤヒデは皐月賞ダービー共に2着、1995年のジェニュインは皐月賞を勝ちダービーも2着となりました。
このほかの出走馬では、1986年2着に入ったグランパズドリームが日本ダービーでもダイナガリバーの2着と善戦し、1995年5着に敗れたタヤスツヨシは皐月賞2着の後ダービーを制し、1997年4着入線のサニーブライアンは皐月・ダービーと逃げ切り勝ちで制し、若葉ステークス出走馬としてはトウカイテイオー以来の二冠馬となりました。
一方、阪神競馬場に移行してからは、2000年の12着馬アグネスフライトが日本ダービーを制したものの、以降は2004年優勝馬のハーツクライが日本ダービーでキングカメハメハの2着となった程度で、ほとんどが馬券圏外となっています。
これは、阪神競馬場芝2000mのコース特性に原因があるためです。
東京競馬場芝2400mで行われる日本ダービーは、直線が約600mと長いうえに途中坂があるため、ほとんどの馬が直線に入るまで力を温存し、結果的に上がり3Fの追い比べとなります。
一方、若葉ステークスの舞台である阪神競馬場芝2000mは内回りで、直線が僅か約360mしかありません。
このため、上がり3Fよりは、むしろ道中のペースが厳しくなるため、中距離馬の資質が問われるやや厳しいラップとなり上がりが掛かる傾向にあります。
若葉ステークス上位馬を狙うとすれば、近年の日本ダービーのような上がりの競馬になった場合に後方から差しきった馬か、もしくは道中厳しいペースを先行しつつも上位に粘りこみ、本番の日本ダービーでも先行する確証がある場合です。
これらの例に該当しない場合は、若葉ステークス組はさほど期待できないことになります。